腹十六分目
何よりも米を愛すおいらが思いつくまま書き綴るメニュー。今宵は何を料理する?
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my mother's weapon is bamboo
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時の経つのはいと早し。もう年の瀬ぢゃ。
空き巣騒動から、はや3ヶ月。
さて・・・。

セコム、シテマスカ?

先日我が家の防犯システムが
無事稼動致したことを報告しよう。

玄関の近くに設置された操作盤。
毎日こいつにキーを差し込んでのご出勤。
精神的に随分と楽になったよ。

「ピッ」とキーを挿入。
「セコムにお任せください」と頼もしい声。
「ピンポーン、まもなく警戒状態に入ります、
 ピンポーン、まもなく警戒状態に入ります」
やや、早く出ないとやばい。
と、何だか守られてる方が焦ってくる。
キーを差し込んで1分以内に慌てて外へ。

とはいえ、100%の安全などない。
考えすぎると、やっぱり怖いもんね。
帰宅したらまず、周囲を確認するようになっちまった。

いっとう最初に見るのは、
泥棒さんたちの入口となった出窓付近。
誰か潜んでいる不届き者はおるかな?
戦闘能力ゼロ、超へっぽこなくせに、一応身構えたりする。

空き巣より厄介なのは、強盗だ。

制御盤には赤で「非常」と表記されたボタンがある。
施工の兄ちゃん曰く
「怪しい奴が外にいたら、押してください。
 音はなりませんので、相手には気づかれません」
って・・・やだなぁ、そんな状況。

ちなみに、我が実家には、なっがい竹の棒がある。
以前おかんに用途を尋ねたら
「これで変な奴が来たら、
『エイヤァァ!』って突いてやるのよっ」
と鼻息も荒く宣言していたっけ。

皆の衆は、いざとなったら何で戦う?
我輩?
裏から逃げるに決まってら。

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麺と平和を愛すコメ助 in沖縄


●嘉手納町にある「海の見えるそば屋」●


このほど自民党が発表した新憲法草案。
第9条第2章のタイトルが
「戦争の放棄」から「安全保障」へと変わり・・・。

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第9条3
自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための
活動のほか、―(略)―
国際的に強調して行われる活動及び緊急事態における
公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは
自由を守るための活動を行うことができる。

-----------------------

出来の悪い我輩には、遠回りすぎて
頭の良いおじさんたちの
言わんとすることがよくわからない。
たくさんの人が死んで、60年しか経っていないのに、
また軍隊を持つんですか?小泉さん。

★★★★★★★★★★★★

11月上旬に、初めて沖縄に降り立つ。
関東ではマフラーを巻いている人も
ちらほらいるというに、こちらは29℃。

強い日差しに首筋をじりじり焼かれながら、
首里城近辺の住宅街を道に迷いついでに散策。

嘉手納では、海を見ながらソーキそばをすする。
夕日でピンクに霞んだ空に、
基地へと向かう軍用機。

幾つも工房が点在する読谷村
「やちむんの里」では、
気さくな陶工に出会ったり。
「近くで読谷村祭りがあるから、見てったら?」
嬉しそうに、土だらけの手で
母屋からパンフレットを持ってきてくれる。

おみやげは例によって、鉛と化す。
古酒(クース)、ガラス、陶器、生そば・・・。
思い出が肩にくいこむ、ムムム。

★★★★★★★★★★★★

琉球王国は、幾つもテーマを持った所だ。
3泊4日では足りない。
世界遺産を巡るもよし、そばを食べ歩くもよし、
工芸品の工房を訪ねるもよし。

なかでも、じっくりと戦跡を辿りたい。

旅のクライマックスは、「ひめゆりの塔」。
ひめゆり平和祈念資料館に入った。
様々な展示物を追いつつ奥へと進むと、
おばあちゃんの声がする。

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「やられた!お腹やられた!」
という声がして、私は奥に逃げました。
そこに、島袋ノブさん
(第三外科勤務の学徒のなかで初の犠牲者)
が運び込まれてきました。
迫撃砲が背中からお尻に貫通して、
お尻が裂けてしまっているんです。
脊髄がグチャグチャで、腸が飛び出していて・・・。
先生が、注射を打とうとすると、
「私はお腹やられてるでしょう。
お腹やられて生き残った兵隊さんいないでしょう。
だから、その注射は打たないで、
兵隊さんたちにしてあげて・・・」
て言うんですよ。

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不勉強の我輩は、生き残った方が証言員として
資料館に在籍しているとは全く知らなかった。
16年前の資料館設立当初は28人いた証言員も、
現在は18名。

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私たちは、もうすぐ伝えることができなくなります。
この後進んでいただいて、一番奥。
最後の展示室は、次の世代の方々が、
平和について語り合えるところにしようと、
「平和の広場」という部屋を増築しました。
若い世代に繋げる、という意味を込めて
全面ガラス張りにしてあるんですよ。

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そのすぐ脇を、私服の修学旅行とおぼしき連中が
足早に通り過ぎる。

携帯で話す子。
展示には目もくれず
「はいはい、見たってことで~」
と、出口へ急ぐ子。
遺影を見れば「こわ~」。
外に出れば「まじ、暑すぎんだけど」。

パンフレットには「設立について」
と題して、こう書いてある。

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私たちに何の疑念も抱かせず、
むしろ積極的に戦場に向かわせた
あの時代の教育の恐ろしさを忘れていません。

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この時代の教育は、
あの時代の教育とははるかに違う。
それって、大きな犠牲の上に成り立っているのだが。
う~ん、そうかい、そうかい。
自由だし、お金があるし、良かったね。
戦争に無関心でいられるほど、平和だしさ。

でも、死んでいった乙女たちは、
これを見たらどう思うかな。
そう思ったら、なんだか哀しくなってしまった。

物を深く考えるってさぁ、
頭の出来が良くなくてもできるのに。
感覚で動く人増えたよね。

はっと気づいたら、徴兵制度ができて、
「さぁ日本のために戦おう!」
ってことになったらやだな。
「よくわかんないけど、しょーがないんじゃね?」
て声が聞こえてきそう。

それこそ、「こわ~」だ。
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